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大阪地方裁判所 昭和51年(ヨ)2864号 決定 1979年5月04日

申請人

村岡正

右代理人弁護士

戸谷茂樹

守井雄一郎

被申請人

大川自動車株式会社

右代表者代表取締役

佐藤敬一郎

右代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

主文

一  被申請人は、申請人を被申請人の従業員(バス運転士)として仮に取り控え。

二  被申請人は申請人に対し、昭和五一年八月以降毎月二七日限り一六万〇、四八六円を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  被申請人は、申請人を被申請人の大型バス運転士として仮に取り扱え。

2  被申請人は申請人に対し、昭和五一年八月以降毎月二七日限り一六万三、四二〇円を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

1  申請人の申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  被申請人(以下、単に会社という)は肩書住居地に本社を、大阪市新田西町三丁目二六番地に営業所(以下、大阪営業所という)をそれぞれ置き、観光バス営業を主たる業務(本社においては一部路線バス営業もしている)とする会社である。その従業員数は約一八〇名、うち大阪営業所には約四〇名が勤務している。申請人は昭和四八年一〇月三日会社に入社し、以降大阪営業所においてバスの運転に従事してきたが、同五一年八月一三日会社から懲戒解雇(以下、本件懲戒解雇という)に処せられたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、以下本件懲戒解雇の効力につき検討することとするが、当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、本件懲戒解雇に至る経緯として次の各事実が一応認められる。

1  申請人は、昭和五一年三月二九日午後四時半頃長野県東筑摩郡生坂村東広津一三、六七四番地国道一九号線を名古屋方面から長野方面に向け大型バスを回送運転中、仮睡状態に陥り自車左側前輪の一部(ダブルタイヤの外側のタイヤ部分)を側溝に落輪させたのに気付かず、そのままの状態で約七、八〇メートル進行したところで、右側溝上にあったコンクリートの蓋に乗りあげて初めてこれに気付き、あわててハンドルを右に転把した過失により、自車を道路右側部分にまで逸走させ、折りから対向してきた貨物自動車前部に自車前部を正面衝突させ、対向車輪の運転手に左足切断の、自車に同乗していた長谷川運転手に入院二カ月を要する頭部外傷第2型等の傷害を負わせるという交通事故(以下、本件交通事故という)を起したが、申請人も本件交通事故により傷害を負い、同年四月一四日まで入院した。

2  ところで、会社には従業員約一五〇余名で組織する大川自動車労働組合(以下、単に組合という)が、大阪営業所には同組合大阪支部(以下、単に組合大阪支部という)が存在し、申請人は昭和四九年二月二〇日本採用になると同時に組合に加入し、以降組合員の一員となっていたが、組合は、毎年一〇月から一一月にかけ、その上部団体である日本私鉄労働組合総連合会及び同四国地方連合会の統一要求に基づき労働協約の改訂を会社に要求する以外、個々の労働条件の改善等につきこれといった活動をしてこず、いわゆる御用組合といわわれても仕方のないものであった。

3  申請人は、本件交通事故後昭和五一年四月一六日から再び大阪営業所において勤務についたが、同月二七日に支給された前記長谷川運転手の当月分の給与が平均賃金に満たなかったことから、事前にこの件につき、平均賃金の保障されるよう依頼しておいた組合大阪支部はどのような組合活動をしているのかにつき疑問を抱くようになり、他の会社では、このような場合どのように取り扱われているかを知るべく、同月末頃大阪営業所の近くにある運送会社の労働組合を訪ねたところ、同組合の示唆により同年五月中旬頃地域の先進的な労働組合の教えを受けるようになった。その結果、申請人は、当初本件交通事故の原因が専ら自己の過失に基づくものと思っていたが、本件交通事故直前の勤務状態等を勘案すれば、その遠因は、会社の劣悪な労働条件、特にスキーシーズン等における連続運転勤務にあり、これを放置しておけば、「第二の村岡」が発生するおそれがあると思うに至り、かかる労働条件、労働実態を改善する必要を痛感し、このためにはまず組合活動を強化すべきであると考えた。

4  会社の就業規則では、労働時間については、日勤者(その日のうちに勤務を終了する者)が拘束八時間、実働七時間、休憩一時間、乗務員が拘束八時間、実働七時間、実乗務五時間三〇分とされ、休日については、公休日が週一日又は四週を通じて四日、但し業務の都合により三日以内に振替えることができるとされ、有給休暇については、満一年以上継続して勤務した者で全労働日の八割以上出勤した者に対し一年間に七日を与えるとされ、更に時間外労働については、労働基準法三六条所定の手続きをとったうえで一日に二時間以内でかつ年間一五〇時間以内とされているにも拘らず、大阪営業所では、公休日は、その定めがないことから、暇な時は何日でもとれるが、忙しい時はとれなく、有給休暇も公休日及び特別休暇(国民の祝日、一二月三一日から翌年一月二日までの三日間及びメーデイ)を消化しない限り与えられなく、時間外労働も三六協定の届出をしないまま、スキーシーズンである一月ないし三月には一カ月に一〇〇時間を割ることはまずなく、多い時には一五〇時間、一六〇時間にも及ぶことがあった。申請人の本件交通事故前の同五一年一月及び二月の時間外労働時間をみると、一月が一二一時間、二月が一一一時間にも及んでおり、また本件交通事故直前の労働時間をみると、同年三月二七日が拘束時間一八時間一〇分、実乗時間六時間一九分、時間外労働時間一一時間四〇分、翌二八日が拘束時間一一時間一五分、実乗務時間四時間一〇分、時間外労働時間が二時間三五分というものであった。そしてこのような勤務状況は、運転手の本給が一日当り四、〇〇〇円余と低く、時間外労働をしなければ生活を維持できないという賃金体系によってもたらされているものであり、また運行状況についても、大阪営業所においては、車掌、バスガイドの大部分をアルバイトに依存している有様であった(因みに会社は、昭和五一年九月九日、同年一一月九日、同五二年二月三日の三回に亘り、所轄の労働基準監督署から労働条件等を改善すべき旨の是正勧告を受けている)。

5  そこで申請人は、かかる労働条件、労働実態の改善を求める同調者を募るべく、同五一年五月中頃から組合員に説得活動を始めたところ、直ちに喜代亮一、山口修、新家勝の同調者を得ることができたが、引き続きより多くの同調者を得るべく努力するとともに同年四月から五月にかけては本件交通事故により傷害を負った長谷川運転手及び申請人自身の労災手続を速やかにとるよう会社、組合に要請した。

6  申請人は、同年六月六日夕方突然会社から翌七日から本社において教育(以下、第一回本社教育という)を受けるようにとの業務命令を受けたので、同月七日から同月一六日までの一〇日間本社において教育を受けたが、右業務命令は、配車板に翌七日から本社において教育を受けることを命ずる旨を記載するという方法でなされ、何んのための教育なのかについては、わずかに大阪営業所の北谷係長から本件交通事故についての反省態度をみるものであるとの説明がなされたのみで、その期間や内容については一切説明がなされず、このことは右期間中を通じても同じであった。もっとも会社では、バス運転手について入社時に一週間か一〇日間位本社において山間部での運転練習及び仕業点検の方法等を教育しているが、中間でのかかる本社教育というものは、大阪営業所の従業員に対しては今迄には一度もなかった。そして第一回本社教育の内容は、車庫清掃、営業日報の記帳の仕方、通学バスの車掌及び運転、車検準備の洗車、車検手伝い、ペンキ塗り等で運転手にとっておおよそ関係のない雑用もかなり含まれており、これら個々の業務指示は前日の夕方に配車板に記載する方法でなされる他随時口頭でなされた。このような教育内容から、申請人は上司に対し、日を経るにつれややもすれば反抗的な態度をとるようになってきていたところ、同月一五日及び一六日の両日に亘りペンキ塗りを指示されたので、もはや右教育には何んの意味もないと考え、一六日のペンキ塗りの業務指示を拒否し、右教育を終了させて大阪営業所に戻して欲しい旨を強く申し出たため、ここに第一回本社教育の終了をみることになったが、この際組合左直委員長から「大阪へ帰ったら、砂川支部長や光岡副支部長のいうことをよく聞け、おとなしくしておけ」との注意を受け、佐藤専務からは「お前の精神年齢は一三歳や」等の言辞を受けた。

7  申請人は、前記のとおり退院後同五一年四月一六日から大阪営業所において勤務についたが、第一回本社勤務を命ぜられるまでの間の勤務状況は次のとおりであった。即ち、出勤当初約一週間こそは申請人の申し出によって車掌として勤務したが、その後は予備運転手として、次いでマイクロバスの運転手としてそれぞれ勤務し、第一回本社教育を命ぜられる前には完全に従前の勤務状態に戻っていた。

8  申請人は、同年六月一六日第一回本社教育を終えて大阪営業所に戻ってきたが、右本社教育なるものが前記のとおりのものであったところから、ますます組合活動を強化しなければならないと感じた。そこで同月二八日前記喜代、山口、新家とともに組合大阪支部に対し、会社が現に行っている「連続勤務」「免許台数に満たない専任運転者数での運転業務」及び「第一回本社教育は申請人に対する一種の差別取り扱いであったこと」等、会社の労働条件、労務政策に対し、その改善に真剣に取り組むべきこと、これに対する組合の態度を同年七月八日までに回答されたき旨を書面をもって要請したが、組合からは、右回答を同月一三日まで延期されたいといってきたものの、同月一一日には右要請に答えられないとしてか、夏期一時金(七月一〇日支給)から一律に徴収した一、〇〇〇円の組合費を右四人に返還してくる有様で、結局何らの回答はなかった。

9  申請人は、同年七月二一日に開催された組合大阪支部大会において、池嶋良之とともに代議員に選出されたが、この際大庭輝和の身分(試採用期間を大幅に経過しているのに正社員の身分を取得していなかった)について、これが正社員の身分を取得できるよう会社と交渉する旨を書面及び口頭で組合に要請した。また同月二二日には同じく試採用期間を経過しているのに正社員となっていない丸山の身分問題について、会社からこれを是認されたいと要望されていた同人に対し、その必要はないとの助言を与えたところ、翌二三日午前七時四〇分頃前記佐藤専務から「丸山君の身分扱いに介入するな、職場で文書を配るな、配車表を写真にとるな、本件交通事故のことを反省しているのか」等との言辞を電話で告げられ、続いて同日午前八時四〇分頃大阪営業所長から、同月二七日から再度本社において教育(以下、第二回本社教育という)を受けるようにとの業務命令を受けた。これに対し、申請人は第一回本社教育の内容からするも右命令に従うことはできないと拒否したところ、同月二六日には組合大阪支部長が、翌二七日には本社安松次長及び大阪営業所長が申請人に対し、右業務命令に従うよう強要し、なかでも安松次長はこの際退職の勧告までした。申請人はこれら要請をいずれも拒否し、同年八月二日まで毎日大阪営業所へ出勤したが、会社はこれを欠勤扱いとした。

10  申請人は、同年七月三一日組合に対し、組合代議員として前記池嶋とともに、前記丸山の身分問題に対する会社の反応、第二回本社教育拒否に対する会社の態度及び第一回本社教育の内容等を「訴状」なる書面に認め、これら問題の善処方を要請したが、組合は、右問題につき申請人に何らの事情聴取もせずに、却って同年八月四日組合員に対し、右「訴状」記載の事項は、会社と団交をした結果真実性に乏しいものであることが判ったので、申請人に対し真実を組合に申し出るように伝えた旨を記載したビラを掲示した。

11  このようにして、申請人が第二回本社教育の業務命令に従わなかったところ、会社は、同月三日申請人を車輌補に任命する旨の業務命令を発した。しかし、申請人は右業務命令にも従わず、従前どおり大阪営業所に出勤したが、会社はまたしてもこれを欠勤扱いとした。ところで、右車輌補とは、運転手が免許停止処分を受け運転業務に従事させることができないときに車輌整備の手伝い等をさせるために用意されているもので、申請人には、この当時、かかる事情は何ら存在しなかった。

12  申請人に対するこのような会社の態度に義憤を抱いた前記池嶋、山口、喜代らが、同月一〇日「村岡君の権利を回復する会」を結成し、職場の内外に入会者を募ったところ、組合大阪支部は、同月一二日右入会募集は組合の真意を問わずに一方的に行っているもので、組合の支持するものでないから欺されないようにとの記載ある文書を掲示した。

13  そして、会社は、申請人に対し、同月一三日午前四時三〇分頃「昭和五一年八月一三日賞罰委員会の決定により即日懲戒解雇に処す」と記載された解雇通知書を手交して、前記のとおり申請人を懲戒解雇に処す旨の意思表示をした。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。

三  ところで、会社は、本件懲戒解雇は申請人に次のごとき事由があるから、止むをえずなしたものであると主張する。

1  申請人は、昭和四八年一〇月入社以来本件交通事故を起すまでの間に七件もの交通事故を起し、そのうち六件はいずれも後退の際のものであり、これは、申請人が運転技術の未熟なことを示していると同時に自分本位の行動と他の迷惑を考えない性格を有していることの現れであり、多数の人命を預るバス運転手としては不適格である。

2  本件交通事故は、居眠り運転という運転手としては最も基本的な注意義務違反に基づくもので、その結果も重大であり、会社に多大の損害を及ぼした。

3  第一回本社教育における申請人の勤務態度は、注意散満で仕事に熱中せず、素行悪くしバス運転手としての素質に欠け、自己本位の行動をとり、その結果粗暴な行動が多く、管理者の注意にも反抗を重ね、本人の性格を把握していざ本格的な教育を実施しようという時期には大阪に帰るといって業務を拒否し、反抗して上司の指示に従わないため中途教育を諦めて大阪営業所に帰さざるを得なかった。

4  日常の勤務態度についても、大陽観光開発株式会社、八尾観光旅行社から申請人の服装のきたなさ、言葉使い、態度等につき苦情を受けたほか、本件交通事故前約一カ月間の運転状況については法定最高速度毎時六〇キロメートルをほとんど超過している状態であり、日常の運転においても、例えば昭和五一年七月一一日和光産業の貸切りから帰社中、諸富交差点において赤信号のため停車中の前車を追い越し入庫する等のことがあり、日常無謀運転が多く、交通事故を誘発しやすい性格を窺わせるところ、会社において、申請人の右態度を矯正すべく注意しても、申請人は常に反抗的な態度で暴言をはき、一向に反省する態度をみせなかった。

5  その他、(一)同年六月二三日三方五湖出張を前日に確認しておきながら、当月会社に無断で大庭運転手と交替し、右業務指示に違反して配車業務を混乱せしめ、(二)同年七月一〇日道路運送車輌法四七条所定の仕業点検を実施せずに車輌を運行し、(三)同月一五日配車を確認しなかったため運行に支障をきたし操車を混乱せしめ、(四)同月一日から帽子、氏名札を着用せず服務規定を無視し、(五)同月二〇日朝通勤バスの車掌勤務の後、車輌手入れの業務指示が出されていたにも拘らず、無許可で乗用車で外出して右業務を行なわず(六)翌二一日集団公休を誘導し、虚偽の発言をしたり、事実を歪曲した文書を配布し、(七)同月二三日から同月二八日に亘って会社の機密である配車表を無断で写真にとり営業活動の阻害をしたのみならず、これに対する会社の厳重な注意にも反抗するばかりであった。

6  会社は申請人に対し、同年七月二三日から同月二六日まで、同月二七日から同年八月二日までの一週間再度本社で教育を受けるべき旨の、更に同月二七日から同年八月二日までは、その都度始期を繰り下げて一週間の本社教育を受けるべき旨の前記第二回本社教育の業務命令を発し続けたが、申請人は正当な理由もなくこれを拒否し続けたので、止むなく同年八月三日車輌補を命ずる旨の業務命令を発し、同月一三日まで右命令を発し続けたが、申請人はこれをも正当な理由なく拒否し続けた。

しかして、上記1及び3ないし5記載の各事実は賞罰規程細目協定書六条一項所定の「甚しく職務怠慢又は能力劣悪勤務成績著しく不良にて数回訓戒を受けたのにも拘らず改悛の見込みがなく」に、また2記載の事実は同条五号所定の「重大過失により業務上に重大な支障又は損害を及ぼしたもの、あるいは災害障害等の事故を発生させたもの」に、更に6記載の事実は同条六号所定の「職務又は職場の変更を命ぜられ正当な理由なくこれを拒否したとき」にそれぞれ該当する。

四  そこで、以下右主張につき検討することとする。

1  疎明資料によれば、申請人が入社以来本件交通事故を起すまでの間に七件の交通事故を起し、うち六件までが後退の際のものであったこと、しかし右各事故はいずれも軽微なものであり、会社も事故毎に事故報告書を提出させて口頭で注意する程度で済ませ、何らの懲戒処分もしていないことが一応認められ、右事実からすれば、申請人において、運転手としての注意義務に多少欠ける面があるとはいえても、運転手として不適格であるとまでは到底いえず、会社も右各事故を何ら処分の対称となるものは評価していなかったとみるのが相当であろう。

2  本件交通事故が、申請人の重大な過失に基づくもので被害も甚大であり、会社に多大の損害を及ぼしたことは、前記二の1で認定したとおりであるが、疎明資料によれば、申請人は、本件交通事故についても事故報告書を提出したのみで、会社から出勤停止等の懲戒処分を受けていない(会社は、交通事故を起した運転手に対し出勤停止の懲戒処分をしたことがある)ことが一応認められ、また本件交通事故後現場に復帰してからの勤務状況も第一回本社教育を命ぜられる前には完全に従前の勤務状態に戻っていたことも前記二の7で認定したとおりである。もっとも、会社は、本件交通事故につき、申請人の反省の態度をみるために第一回本社教育を行ったが、教育の効果はあがらなかったと主張するのであるが、仮にそうであるならば、教育の効果があがらなかったかどうかはさて措き、第一回本社教育は、明らかに申請人に対する本件交通事故についての一応の処分であるということができよう。

3  前記二の6で認定した事実によれば、第一回本社教育は、その目的の不明確さ、期間の不確実さ、内容の雑多さ等からいって、交通事故を起した運転手に対するものとして、相応のものであったとは到底いえず、却って前記二で認定した各事実に疎明資料を勘案すれば、第一回本社教育は、申請人の本件交通事故についての反省の態度をみるのが真の目的ではなく、むしろ組合強化のために活動し始めた申請人にこれを思い止どまらせることが目的であったとみるのが相当であって、この点申請人に対する不当労働行為の疑いもないではない。従って、その効果が、仮に会社の主張するようにあがらなかったとしても、むしろ当然というべきであって、右教育中の申請人の態度や教育の結果を懲戒の事由とすることは許されないであろう。

4  疎明資料によれば、会社が、太陽観光開発株式会社、八尾観光旅行社から申請人の服装のきたなさ、言葉使い、応対の態度等につき苦情を受けたことがあること、申請人の本件交通事故前一カ月間の運転が、法定最高速度毎時六〇キロメートルをほとんど超過していたことが一応認められるが、右速度違反の点は、一人申請人のみが犯しているのではなく、他の従業員もまた大なり小なり犯しているのであり、かつ現今の交通事情下においては止むをえない面もあるといわざるをえないところ、会社もこれを黙認してきたものである。その他、申請人が貸切りから帰社中、諸富交差点で無謀運転し、入庫したとの主張及び会社の注意に申請人は常に反抗的で、一向に反省する態度をみせなかったとの主張は、いずれもこれを認めるに足る疎明がない。

5  疎明資料によれば、申請人は同年六月二三日大庭運転手と運転業務を交替したこと、日常勤務の際に帽子を着用せず、また同年七月一日からは氏名札をも着用しなかったこと、同月一五日には配車確認のサインを忘却したこと、同月二〇日には帰社後直ちに外出したこと、翌二一日には集団で公休をとったこと、同月二三日頃配車表を写真撮影したことを一応認めることができるが、大庭運転手との交替は北谷係長の了解のもとになされたものであり、帽子を着用しないのは申請人のみではなく、ほとんどの従業員がそうであること、氏名札の不着用はたまたま破損したため製作依頼中のことであったこと、帰社後の外出も決して無断ではなく、北谷係長に届出ていたこと、集団公休も会社の業務に支障をきたさせるのが目的ではなく、申請人らはいずれも会社の定める手続きを経て公休をとったこと、配車表の写真撮影は、これを部外に公表する目的からではなく、会社がその頃から申請人らに対し配車上で差別するようになってきたので、その資料を簡便に入手せんとしたためであるが、結局は用をなさなかったことがそれぞれ認められ、右各認定を左右するに足る疎明がないが、同年六月二三日に大庭運転手と無断交替し、三方五湖出張の業務命令に違反して配車業務を混乱させたとか、同年七月一〇日には仕業点検を実施せずに車輌を運行したとか、同月一五日に配車を確認しなかったため運行に支障をきたし、操車を混乱せしめたとか、との主張はこれを認めるに足る疎明はない。

6  疎明資料によれば、申請人が会社の発した第二回本社教育及び車輌補の各業務命令に従わなかったことが認められるが、前記二の9、11で認定の各事実からすれば、右各業務命令は、いずれも申請人の組合活動を嫌悪してなされた会社の申請人に対する不当労働行為に他ならないから、賞罰規程細目協定書六条六号所定の「正当な理由なくこれを拒否したとき」に該るとみることはできない。

以上のようにみてくると、会社の主張する本件懲戒解雇の理由のうち、賞罰規程細目協定書六条所定の懲戒事由に該当する余地のあるものといえるのは、せいぜい2の申請人が本件交通事故を起したことということになるが、前記三の2で認定した事実によれば、会社は、本件交通事故をもって、申請人を懲戒解雇はもちろん出勤停止の処分もする意図はなかったものであるといえるところ、前記二の4で認定の事実からすれば、申請人において、本件交通事故の遠因が会社の劣悪な労働条件、特に連続勤務に存在すると思うのも止むをえないというべきであり、これら事情を勘案すれば、本件交通事故も未だ右懲戒解雇の事由とはならないとみるのが相当である。

そうだとすると、これらの事由を理由として申請人を懲戒解雇に付するのは、はなはだ酷という他はなく、解雇権の濫用といわざるをえない。のみならず、会社が、右程度の事由をもってあえて申請人を懲戒解雇に付したのは、前記二で認定した本件懲戒解雇に至る経緯を勘案すると、申請人が熱心に組合強化の活動をしたからに他ならなく、申請人がそうまで熱心に組合活動をしなければ、本件懲戒解雇はなされなかったであろうと認められるのであって、そうすれば、本件懲戒解雇そのものが不当労働行為に当るというべきである。従って、本件懲戒解雇は右いずれの点からするも無効であって、会社の右主張は採用できない。

五  そうすると、申請人は依然として会社のバス運転手(申請人が大型バスの運転手として会社に採用されたと認めるに足る疎明はない)としての従業員たる地位を保有し、会社に対し賃金請求権を有するものというべきところ、申請人は昭和五一年八月以降賃金の支払いを受けていないことは明らかである。ところで疎明資料によれば、申請人は会社から毎月二七日限り当月分の賃金の支払いを受けていたこと、申請人の本件懲戒解雇前三カ月(同年五月から七月まで)における一カ月平均賃金は一六万〇、四八六円であること、右期間はいわゆるスキーシーズンも終り、申請人ら従業員にとっては、いわば平常勤務に服することのできる時期であること、そして右平均賃金額は、右解雇前一カ年(同五〇年八月から同五一年七月まで)における一カ月平均賃金額を下回ることが一応認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。

右事実によれば、本件懲戒解雇がなかったならば、申請人は会社から、一カ月につき少なくとも右平均賃金額の賃金の支払いを受け得たとみるのが相当であろう。

六  申請人が賃金のみによって生活をしている労働者であり、他に資産のないことは、これを窺うに難くないところであるから、本案判決の確定を待っていては回復し難い損害を蒙るおそれがある。

七  以上によれば、本件申請は、申請人を会社のバス運転手としての従業員として仮に取り扱うこと及び昭和五一年八月以降毎月二七日限り一六万〇、四八六円の仮払いを求める限度において理由があるから、これを右限度において認容し、その余は理由がないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 最上侃二)

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